餘部鉄橋2005年08月31日 08時34分55秒

山陰本線の中程?「あまるべ」と言う場所があります。
ココに東洋一と言われる鉄橋が掛かっています。
子供の頃に東京の交通博物館に「東洋一の鉄橋」と言う小さなジオラマが有って存在は知っていたのですが?何処に有るかなんて知らなかったんです。
ましてその鉄橋が現役で本線?に掛かっているなんて!
その鉄橋を認識したのは数度目の京都夜行の山陰行の時でした。
眠ることが出来ずに暖房で火照った体を冷やそうとデッキに立ちました。暗かったので春かなあ・・・
ドアが開いていて小さなトンネルに飛び込みました。
手摺りに掴まりステップに座ろうとコシを屈めた時に轟音と共に餘部鉄橋上にいたのです。
そりゃあ驚きました。
当時は本当にデッキガーターだけでいきなりステップの下の地面が消えたのですから!
遙か下の民家の光と星空?銀河鉄道の世界でした。
それが鉄橋だと気が付いても当時は交通博物館のジオラマとはリンクしないんです。
その旅行から帰ってから餘部鉄橋だと認識したくらいですから!
この鉄橋がアメリカ製で日露戦争後に海からの侵略の脅威が無くなった事により作られたなんて。
不思議な場所ですよ?小さな川と数件の民家、小さな入り江 で それらを無視して鉄橋の橋脚。しかもとてもじゃないが明治時代のデザインには見えない?
今、この鉄橋が掛け替えのために壊されるって大騒ぎです。
たしかに文化遺産(産業)かもしれないけれど・・・保存は出来ないし・・・
でも?今は貨物列車は通らないし一番重い車輌でも「出雲」とDD51なんだから保守していけばその方が安いのでは??
今の輸送量では作り替えの資金が回収出来ないでしょうに?