只見、塩沢へ行く2012年05月16日 08時06分48秒

長岡から会津に抜ける街道に河井継之助終焉の地がある。
各地の維新戦には無駄な戦争は山ほど有る。
無益な戦を避けるつもりが結局は自ら引き金を引いてしまった。
そう言う役回りの筆頭かも知れない?

時勢も解っていたろうに? 何でかなあ・・・と 思う!

後に同郷の山本五十六って人が同じ事をする?

先人は長岡藩と越・奥羽各地に壊滅的な結果を招き?
後人はこの国に戦前・戦後という棲み分けを作る事になる!

聡明な人だからまさか土佐の青二才に足蹴にされるとはって。
  無益な戦を避けるために武装中立を説くって?
そういう事が通じれば鳥羽伏見は無かったと後の人なら解ったハズだが。

官軍の将ならそれくらいの人物が出てくると思ったんだろうなあ?

何所の維新戦でもだがソウイウ所へはあえてジャナイ人が配されている?

幕軍側に傑物がいれば、対して上手い具合に配置する
英雄は愚物に充てて・・そこが維新の不思議な所だなあ?

ココで河井さんがまともに話しをすれば会津戦争は避けられなくても?
函館戦は回避出来んじゃないかって・・・・・

まあ、済んだ昔の事だから?
大きな水害によって今この辺りは大変な状況になっている。

4時5分に着いたのだが既に「本日終了」の看板が出ていた。
窓口でお願いすると直ぐに開けてくれた!
展示内容はそこそこ、相変わらずお金を使っちゃったなあ資料館だ。
コレだけのお金を使うならそのままの家を保存するって方法は?
それでは儲からぬ人がいたのだろう?

お礼を言って辞し、資料館前で良い景色に驚く!ココで撮せば良かった。
だから、撮影時に寄ろうって言ったのにナア・・・・

気動車でも良いココを列車が再び走るようになったら再訪しようと思う。