何時ものお寺の朝と2012年08月24日 06時39分54秒

早めに起きて今朝はカレーだ。
僕らが旅人としてココを訪れていた頃は毎日大勢の若者が泊まっていた。
夕食はすき焼きで朝はカレーだった、だから今でも古い連中が集まれば朝はカレーになる。 これが城福寺・・で・・・・・ウマイ!
遊覧船の定員は12名、予約出来たのは9人分、人選がヤヤコシイ。
皆が行きたがるならじゃんけんとかで簡単なのだが、何故か遠慮する。
皆が遠慮するからナカナカ決まらない 面倒だなあ ハッキリしろよ!

決まれば今度は車、駐車場が解らぬので台数を減らしたいのだが・・
そのまま帰る人もいて決まらない。 時間の制限がある急がねば。
元々が一人旅でココへ行き着いた人達、まとまらぬのは仕方が無いのだ。
港へ着くと駐車場は別に確保されていて問題も無く。
誓約書に自著し救命胴衣を受け取り漁港へ向かう。
遊覧船らしい船は無い?突堤に大型の漁船が泊まっている。
案内人はその船に向かう、 驚いたなあ大きな船だ! なんで12人?
コンパネ細工のタラップを使い船に乗せている・・・
大型漁船の前甲板に12名分の仮設の椅子。
誰も椅子には座らず、案内も舳先は景色が良いという・・
コレだけ大きければ今日の海なら揺れないし何より面白い。
コウイウ船などはお金を払うったって普通、乗れるモノでは無い。
銀山ガイドとか言うおじさんの挨拶と案内で海に出る。
櫛山城・鵜丸城や沖泊を海から見るのははじめてだ。
古龍とだるまさんは遠望し琴ヶ浜沖へ向かう。
僕的には海蝕洞窟やだるまさんと石工の技術を持った古龍の人達の話をキチンと説明する方が面白いと思うのだが。
鞆から琴ヶ浜沖へ定置網を避けて大きく沖へ出る。
以前、仁万の漁師さんに連れてきて貰った時は小さな船で仙峰は少ししか見えなかったがコレだけ沖に出れば山吹山の向こうに大きく見える。
博多の商人神谷寿禎が日本海を北上するおり、沖合より白銀輝く峰を見留、船をこぎ寄せ・・羅漢寺の木村幽玄師の口上の景色だ。
大きな漁船に乗ると言う印象深い演出を楽しんで港へ戻る。
これで帰る人と別れて薬師湯に浸かる。
オーナー夫人は外出中で番台は指示されていたのだろう金を取らぬ?
お祝いの酒と無料券を束でいただき喫茶での飲食までご馳走になる。
昼食をボメ飯として銀蔵へ向かう、団体が入っているので時間がかかる。
待っている間にトンネルをくぐり鞆ヶ浦へ古民家の案内が有り見に行く。
綺麗に整備されて良い雰囲気だなあ! 
昼食は新鮮な刺身付きのボメ飯とする。
食べているとオヤジがカモメを餌づけしている。
食堂の目の前をカモメが飛び交い餌を空中で受ける、オモシロイ!
食後は江戸時代の本因坊?名前は忘れたが・・ 墓を見に行く?
辻さんは墓参りすると碁の実力がUPすると言っていたが・・・
お寺に戻り解散とし、広島経由で帰る辻さんを浜田まで送る。
帰りに氷を食べようと店を探すが・・見つからずに温泉津まで戻る。
レンタカーの冷気が強すぎ体が冷えたのでコーヒーをいただく。
今度はオーナー夫人もいてしばし話す。
夜はバーベキュー、皆が帰ったので人数も減り肉余る。





コメント

_ まさお ― 2012年08月24日 10時27分51秒

いつもの場所は落ち着きますよね!
今年のせわしない盆も無事終わり現在抜け殻です 笑

先日初めて鳴門の渦潮をまじかで見ました!

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