大間に至2016年05月11日 08時23分53秒

今回の東北行を車で強行した理由がココに有る。
仏ヶ浦観光に合わせての大間での用事とは?
斗南資料館へ行ってみたい。
ここに松平容保の自筆の書 向陽處 と 別れの書 が有ると言う。
Webにも連絡してからとなっていたので尻屋崎手前で電話する。
 数度の呼び出し音の後で「木村です」と応答された。
間違ったかと思ったが問うと「居りますからどうぞ」の返答が。
山川弘の詩と、併走した寒立馬の感動のまま大間に至。
数度目の大間なので土地勘は有る。
駐車場所が見つからず申し訳ないが休みの郵便局に置いて行く。
店に入ると卓球台が2台、少年達が集まっている。
拝観料を良いかと聞かれ、料金を払う。
ユックリと話が始まる、木村家の容保京都入り随行から。
長い話は二度ほど電話で中断、NHKの取材協力依頼との事。
階段を上がりドアを開ける。
 「向陽處」は直ぐに「別れの書」も並んで・・・
詳しい説明をして頂く、僕らの動きで解ったのだと思う。
話し始めの詳細説明のママだとどれだけ時間が掛かるかと思ったが。
ユックリ見てくださいと下がられた。
それぞれに重みの有る書だと思う。
本当にソレばかりをしばらく見とれてしまった。
何が書いてあるかというと・・・・
エライ目に遭わせてゴメンね、でも頑張ってね何時か日も当たるからね。
会津時代は皆ありがとね、みんなの御陰だし忘れないよ。
だいたいソウイウ風な事が書かれていると思ってください。
松平容保って人の真面目さ正直さが出ているなあと感心する。
ココは行くべき場所だなあ!
奥の方に最近発見した木村家が大間に赴く事になった辞令が有った。
 佐々木泰温を任命したが詮議コレ有りみたいで困ちゃったんだ。
 急で申し訳ないけど代わりに行ってくれる?悪いねえ!
ソウイウ風に書かれているらしい?
この佐々木さんは別段何か悪い事をした訳ではなさそうなんだ?
会津藩士で佐々木さんって何処かで聞いた名前だなあと思ったでしょ。
坂本龍馬を切ったと言われている人、確か佐々木只三郎って名だけど。
家を継いだ兄が泰温で、同じ佐々木性に養子に出たのが弟で只三郎だって。

詮議の件有りってその事なのかなあとも思うが今となってはワカラナイ!
それにしても凄いモノ見せてもらった。



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