上関2020年11月17日 13時51分06秒

週の初めに上関大橋がズレタと言うニュースが。
下関は有名で皆さんご存じだが、対する上関!
知っている人は少ないし、行った人も滅多に居ない。
瀬戸内海沿岸を航海すると袋小路様の地形に掛かる。
袋の底が抜けたように狭い水道が有って。
この水道を上関と言い、立派な橋が掛かっている!
和船時代の瀬戸内海航路はココを通る。
長州藩で砲台を作り海防に備えたとあるけれど?
ヨーロッパから来る船が水道を通るはずも無く。
砲台を視察、夷敵恐るるに足らずと言った人を。
長州人は先生と崇めるが僕は馬鹿だなぁと思う。
先生でも江戸時代の人の世界観とはソンナ物だろう。
今は全くの辺境、静かな場所になっている。
長州の奇兵隊の史跡も有り数度訪れた場所だ。
確かに立派な橋、しかし思い出すと不自然さも。
橋を無理に押し込んだ様な取り付き道に違和感が?
道路の合わせ方に無理が有ると感じた記憶がある。
上下に20センチ程ズレタのはアノ橋らしい?

見た事の有る景色2020年10月08日 08時23分40秒

ブログはSNSに繋がっているし繋げてもいる。
ソコでは鉄道関係のグループにも参加している。
皆さんは自分の撮影したモノを盛んにUpする様だが。
ソウイウ所へは参加はしていても余り上げない。
出掛けて行って乗ったり見たりが楽しいので。
撮影自体を作品などと考えていないからだと思う。
デジカメを使い出してからでも20年近くになる。
汽車好きに誘われて、お出掛けが増えていき。
一時期は毎月の様に西に東に北へと出掛けていた。
銀塩時代の写真も今だDATA化していないと言うに。
デジタル後でも出掛けた事すら忘れている場所も?
昔なら個人の思い出メモ位の物だった写真でも。
今はSNSで簡単に他人に見せる事が出来るしなぁ。
誰かのUp写真を見て、近くにいた事に気づくなど。
ソウイウのは今風の事だなぁと感心している。

食堂車2020年07月22日 08時12分15秒

食堂車の思い出というのは少ない。
古い記憶では座席車連結の急行安芸が最古だ。
荷物車連結時代までの安芸はマシ38だったはず。
その後はオシ17だな、子供の記憶でカメラなど無い。
20系あさかぜは数度乗ったが食堂車の記憶は無い。
24系になって最初が富士で新婚旅行だ。
新幹線は歴代の食堂車で食事をしたと思う。
そして北斗星・トワイライト・カシオペアと続く。
電車や気動車の食堂車利用の経験はあまり無い。
営業終了後のサハシ165には乗った?
趣味として乗り始めた頃って駅弁だって贅沢品。
旅中の食料は事前購入のパンが多かったと思う。
サッポロポテトと言う菓子をよく食べていた記憶が。
固形燃料で米を炊いたりラーメンを作ったりもした。
新幹線の車内炊飯は内緒の話にして欲しい。
客車列車では普通に炊いていた?
写真はトワイライトのディナー、今からフルコース!

SL常紋号2020年07月20日 07時54分34秒

ブログのカテゴリに[昔の写真 デジタル版]と有る。
これは鉄道写真復活後のデジタル写真の愚痴を書く。
本当は銀塩時代の写真を載せ[昔の写真]を始めたが。
読み込みが面倒、途中で止まって進まなくなり。
ブログ開始から5年程経ってデジタル版を作った。
5年前で昔というのも可笑しいかなぁ?
そう思っていたが既にブログの書き始めは2005年。
今日の写真は丸瀬布駅を発車するSL常紋号。
北斗星で渡道しマリモで釧路、寝台車に2連泊。
始発の釧網本線で網走へ出てオホーツクで丸瀬布。
SL常紋号試運転を撮影し本運転は撮さずに稚内へ。
最後はあけぼので帰京というスケジュール。
この時も混雑が嫌で北海道まで行って試運転のみ。
それでも凄い人だったなぁ。
カテゴリの「北海道in2008」を開くと報告記が有る!
http://imws.asablo.jp/blog/cat/20081/?offset=30
北海道汽車旅報告No1~36まで、逆表示になる。
ブログの「前」を押せば戻り終了まで読めますよ。
当時は1記事写真1枚なので細切れで報告している。

中央東線D512020年07月15日 08時30分35秒

http://imws.asablo.jp/blog/2010/06/07/5143731
暇なので昔の写真をUPしようと考えるも。
スキャナー起動が面倒くさい?
そこでデジタル後を少しずつ、此方は直ぐに出る?
今日の写真は中央東線に出掛けた時のモノ。
誘われて前夜に出発、道の駅で仮眠したとなっている。
実はホボ記憶から消えていた!
そこでブログを読み返して見て思い出した訳だ。
もの凄く混雑して、何だか大変な騒ぎになっていた。
着が早かったので車は上手い事に止められたが。
後で知ったが、民主党政権時代の国交大臣が原因?
運転初日に前原さんがSP付で撮影していたと言う事。
そのセイか混雑は尋常では無かったと思う。
最初に上がった時は凄い数の三脚が置いてあった。
朝は光の条件も悪く諦めてウロウロ場所を探して。
フト見れば最初の場所が何故か空っぽで再度登った。
逆光だし富士山見えないから移動したのだと思う。
その後の事はブログに詳しく書いてあり。
読み返して感心した。
その場に居合わせた二人の撮影者との触れ合い。
挨拶のさわやかな初めての汽車撮影君と。
マナーが良いなぁと思ったらJRの現役社員。
下の方では怒号飛び交い酷い状態だったのだが。
楽しい撮影になったと書いてある。

当日のブログ
2010年6月7日( http://imws.asablo.jp/blog/2010/06/07/5143731 )


動画では(https://www.youtube.com/watch?v=48Os_LoMYJc )

河毛のC572020年07月14日 08時37分49秒

記憶では北陸線で試運転があると連絡を受けて。
朝の新幹線に乗ったのだと思う。
米原で乗り換えて河毛の駅に迎えが来ていた。
線路脇に場所が確保されていて三脚を立て。
先着組にレンズは何ミリか聞いてセットし。
汽笛が聞こえてシャッターを切った?
アノ頃はソウイウ撮影が多かった。
返しを駅で撮影し、何時もの喫茶店に寄ったかなぁ?
その辺の記憶はハッキリしていない。
DATAを見返せば解るがその必要は無いと思う。

10年前は2020年05月20日 08時09分52秒

最近は愚痴ばかり、出掛けないので仕方ないが。
10年前の今頃は何をしていたかDATAを探してみた。
20日のあけぼので青森に向かい江差線で開陽を訪問。
サラキ岬の咸臨丸に寄り、森で一泊となっていた。
夕食は函館で売れ残りのおにぎり、車内で済ます。
鹿内駅で信号故障、復旧せずに代行が出て深夜に森へ。
翌朝は落部駅で北斗星を追い抜くS北斗1を撮影し。
急いで駅へ、次のS北斗3で新札幌へ向かっている。
苗穂工場を見学し銭函で大宴会、倶知安経由で帰途。
長万部から北斗、函館から八戸は白鳥で新幹線はE2!
3泊3日の弾丸移動、それでも結構楽しんでいたなぁ。

札沼線の思い出2020年04月21日 08時09分04秒

札沼線にまだ数本の列車が走っていた頃。
鉄友の葬儀の帰りに新十津川を通りかかった。
駅を見れば丁度良く気動車が停車中、序でと撮影する。
走り去るのを見送って移動、しばらく走っていると。
踏切が鳴っている、何時の間にか先行していた。
結局は追いつき追い抜いて数回の撮影をした記憶。
闇中に遠くまで見えている尾灯の赤い光が懐かしい。
この時は突然の訃報にはやぶさ・はまなす・S北斗
オホーツクと乗り継ぎ、通夜と葬儀。
鉄道好きの友人を送る旅だからと言う訳では無いが。
帰りもオホーツク、S北斗・はやぶさと言う旅程。
札幌からの友人も来ていてオホーツクをキャンセル。
帰り車に乗せて貰い札幌までの移動中の事だった。
夜に走る札沼線を見たのはコレが最初で最後となる。
今でも親御さんと付き合いが有るのだが今年7回忌。
そう言えばアノ時は札幌からの帰りもS北斗遅延で。
汽車好きの友人を送った帰りだからコレも供養と。
勝手な理屈で函館から北斗星の個室で帰ったと思う。

新十津川2020年04月17日 09時28分31秒

寝台車を連結したはまなすという夜行急行が有った。
青森発の札幌行き、この列車には何度も乗った。
札幌到着後に回送を撮影し、そのまま石狩当別へ。
まったくロス無く新十津川行きに乗る事が出来た。
石狩月形駅の停車時間で乗車券に無効印を貰って。
新十津川からバスで滝川と言うルートが便利だった。
駅近の病院に有る託児所の子供達が待っていて。
手製の葉書を手に、到着する気動車を迎えてくれた。
遠来の旅人に葉書を配り、走り去る気動車に手を振る。
何時の間にかコノ気動車は始発の終列車になった?
一日一本、しかも札幌を早朝6時21分に乗るって。
あの頃は同じ様な客が数人は乗っていたのだが。
はまなす廃止後の乗車率ってどうだったのかなぁ。
維新で御所警備に馳せ参じた十津川郷が災害に遭い。
天皇より下賜された菱十の旗を持って入植し130年。
鉄道開通から89年と言うに駅も線路も無くなる。
新型コロナの影響で葬式鉄が集まる事を危惧して。
急遽今日が最後の列車となるらしい。

遣唐使船2020年04月01日 08時40分44秒

昨日の復元船解体の話で思い出した。
瀬戸内海の倉橋島に遣唐使船が有る。
コレも実物大復元船で船大工が作ったと聞いた。
出掛けていったのは2007年だったようだ。
既にグラスファイバで補強、木材の傷みが見えた。
ココも見学者は皆無で案内してくれた方が喜んだ?
今はどうなっているのかと調べれば。
屋根が出来ているようで、あのまま保存されている。
双方共に航海可能なサイズの復元船だ。
此方の方は確かに陸に上がっていて浮いてはいない。
石巻に比べれば身の丈に有った展示施設。
そう言う印象が有る。