一人旅2018年03月13日 08時19分57秒

少年の頃から遠くへ出掛けるのは一人。
中学生の頃は友人達と出掛けていたが、時間を守れぬヤツがいた。
待ち合わせを守れぬので予定の汽車に何度も乗り遅れ。
その為に旅行その物が行けぬと言う事が重なりその頃から一人。
話し相手のイナイ夜汽車や人の気配さえ無い線路脇が旅先となる。
一人旅の厳しさに鍛えられた、その寂しさがYHに関わる切っ掛けになった。
先日の事、奥方の関西コンサート行き切符購入のお付き合いで旅行社へ。
去年も行ったが、春先に一年分の宿泊付き切符をまとめ買いしに行く。
パンフレットを持ち帰り眺めるが毎年同じSetを買うのが可笑しい。
それなら最初からそのツアーで予約をしてしまえば良いのにと思う。
それでも付き合えばご褒美が出るので新宿まで行く。
Webでもスマホでも買える世の中、彼女はソウイウ買い方はしない?
話している間は暇なので棚を眺めていたら不思議なツアーを見つけた。
一人旅で添乗員付きツアーと書いてある?
そもそも添乗員が付いたら一人旅では無いでしょ。
だいたいツアーの一人旅というのがそもそもオカシイダロ!
コレは何だろうと不思議がっていたら・・・・
どうやら一人でのみ参加できるツアーのようだ。
移動中の座席も相席にはならず、食事も部屋も一人。
ソウ言う人が大勢で添乗員についてゾロゾロと旅行するらしい。
それって一人旅というのだろうか?
一人が好きで話さない話したがらない人達のばかり来るのかな?
添乗員も大変だろうなあ?

誰かなぁ?2018年01月05日 08時10分59秒

今年の年賀状の束に表は宛名のみ、裏は定型の印刷と言う葉書が有った?
困ったなあ、誰だかワカラナイじゃ無いか。
誰だかワカラナイから悪口を書いてもワカりゃしない!
取りあえず写真の年賀状を送った人は自首してください。
今年来た年賀状を基準に届いていない人には来年から送らないと決めている。
キリが無いからソウイウルールにしてしまおうと思っている。

そう決めて年賀状を確認していたら驚いたなあ!
10数年前に連絡が取れなくなっていた旅の友人のモノが・・・。
記憶では、YHのイベントの出欠で往復葉書を送った。
郵便局から連絡が来てこの住所に間違い無いかと聞かれた。
調べて間違い無いと答えると局員が山の中まで確認に行ってくれた。
翌日に再び電話が有って、住所まで行ってみたと言う。
人の住んでいる気配も無く転居先等の届けも無しという返答だった。
駐在にも確認してくれたようで随分と親切な郵便局だなあと感心した。
問題の男は見た目も行動も旅人と言うよりも・・・と言うタイプで。
何処かで行き倒れたかと納得し・・・アレカラジュウスウウネン。
賀状には電話番号まで書いてあったので掛けてみた。
気の抜けた三日前のサイダーみたいなマヌケな声で「ワシ生きてるでぇ~」
大病の後の長患い生き返って大阪で仕事もしているらしい。
年賀状と言うモノは不要とも言いにくい悪しき風習だなあと思い知らされた?
5月の再会を約束し「お前のようなヤツは死んでしまえ」と笑い合い電話を切った!

御開帳と50周年2016年05月30日 08時16分06秒

縁あって学生時代から出かけている島根県のお寺。
かつてはユースホステルだった。
JYHの方針と相いれず別れたが今でも昔のまま。
あの頃の民営YHそのままの宿に今も旅人が訪ねてくる。
最近は海外から来る人のほうが多いくらいだ?

先代がユースホステルを初めてから50年になろうとしている。
先日電話が、お寺の御開帳に合わせてイベント開催を企画。
そういう話らしい?

大昔にお寺の本堂に屯していた大学生達。
そこにやって来た高校生という関係が60歳を過ぎても続いている。
ココで再び縁ある人々に連絡を・・・・
詳しい事は全く解らぬ?
ソウイウ事はコレから決めるらしい・・・
と言うか6月のお出かけの序でにお寺に寄ってと言う連絡。
島根県の小さな町、東京からはもの凄く遠い。

細かな事はソコで決めるらしい?

海外からのMail2015年04月01日 08時10分35秒

山陰本線に蒸気機関車が走っていた頃からのお付き合い?
今でも毎夏には仲間が集まっている。

まだインターネットの黎明期。
モデムで接続する時代に既にホームページを作って有った。
常時接続に変わった頃には僕らが不便なのでフリースポットを設置した。
当時は出雲市から西でインターネットが使える宿泊施設は他に無かった?
島根全県でも4カ所くらいしかそう言うサービスは行われていなかった。

ユースホステルのホームページでは国内的にはカナリ早いモノだった。
その結果なのだが海外からもMailで予約が届き始める?
トコロが当時はお寺にパソコンが無くて・・・・
仕方が無いので我が社で受けて連絡・返事を書くという事になった。

城福寺がYHを脱退して国内の予約は減ったけれど。
海外からの予約は増えている。
気がつけばロンリープラネットでも高評価らしい?

海外、各国からのMailはお国柄も有り色々だ。
何時泊まるのか何時来るのかもワカラナイ?
    やあ元気、 行くから泊めて!  そういうMailも多い。

一々確認の為に返事を書くのだが、質問を送るとモノスゴク喜ぶ。
実際は僕がボランティアで返事を書いているのだが・・・・
相手は島根のお寺の夫婦からだと思っている。

各国語で送る定型の文章が思わぬ威力を発揮しているみたいだ。

貴方の希望はかないました。
 私は貴方のための部屋を用意します。
 その部屋は畳で布団を敷きます。
 お寺からは夕焼けを見る事が出来ます。
 太陽は海に沈みます。
 日本の田舎の風景が貴方を待っています。
 貴方が駅に到着後に電話をしてください。
 私は貴方を迎えに行きます。
 貴方の旅が楽しい事を祈っています。

この遣り取りで泊日と人数、性別を確認する。
そのセイか彼らがお寺に着くと既に友人のように喜ぶらしい?

思いつきで始めたこの作業、最近は月に数度のことが有る。
僕は日本語以外はワカラナイので翻訳サイトを使う。
何時まで続くのかなあと思うがあんなに喜んだ返事が来ちゃうと・・

昔話を2014年03月31日 08時22分27秒

旧山口ユースホステルが40周年という!
何かイベントをするとは聞いていたが、この連休とは!

毎年出掛ける丸瀬布訪問を優先しイベントは欠席の葉書を送る。
そう言えば以前にも開所記念のイベント招待は来ていたなあ?

僕の場合は山口YHへは島根の城福寺へ出掛ける行き帰りに寄る程度!
そんなに出掛けたと言うわけでも無い。
まあ行き帰りって言うが十代後半から毎休みの度にお寺へは出掛けた。
それだから回数は多い!

お寺の場合はミーティング以外はそんなにホステラーとは遊ばない。
ところが山口YHへ出掛ければ自分もホステラー?
同宿の男女で市内見物へ繰り出した。

そう言う写真が数枚出てきた。

見覚えのある方も写っている。
当時は城福寺ではミーティングの司会をしていた?
そう言うワケであの辺りで遊んでいれば宿泊したホステラーと会う。
この時の同宿者にお寺で世話になったと挨拶され、翌日一緒に・・・

コースは記憶が薄くなっているので・・・順不同だが?
美堀堂でういろうの端切れを買う、たしか安かったんだ。
昼は亀山食堂でラーメンとチャーハン。
桑原人形店でお茶を呼ばれて。
瑠璃光寺からウグイス張りの石畳?常永寺の雪舟庭。
山口刑務所の赤煉瓦塀、中原中也と山頭火の句碑。

最近は汽車を見に行くだけでそういう所へは出掛けない。
だんだんジジイになって行くのか・・妙に懐かしく感じるなあ?

旅先でふれあった多くの旅人達ってどうしているのかなあ?

お出かけ自粛は続く2014年03月27日 08時41分03秒

お尻の治りがイマイチ悪く再びガーゼを突っ込まれた?
予定では先週でホボ治りって・・・・上手くはいかなかった!

今朝は殆ど汚れていない。
そうは言ってもさすがに週末は無理だねえ。

釜石線へは営業運転が始まってからのんびり出掛けよう。
来月は北海道も予定に入っているし・・・
山口YHへも出掛けないとイケナイ。

何となくだが九州方面へも。
奈良の親父の友人からも誘いがある。

一つ一つ行かねばと思う先は多い。

呼んでくれる人達や行く先が有るのは良い事だが?
今の状態ではそれをこなすのが大変だ!

昨日の郵便で大人の?ってカードをいっぱい使ったご褒美が届く。
今までも来ていたのだろうか・・・ソウイウのは見ないので。
捨ててしまっていたかも知れない・・・・

金額にして1万円くらいのクーポンが入っていた。
青森行きのグランクラスが半額になったりするらしい。

山口ユースホステル 開所40年2014年03月25日 08時48分01秒


例年なら山口行きってそう言う時期。
今年は誰からも誘いが無い!

誘いあってもお尻の状況では出掛けられるワケが無い。
今年は出だしが派手だったが・・ まさかのお尻。

調子はダイブ良くなっているが週末のお出かけが出来れば良いのだが。

そういう事を考えていたら紅花舎から電話が掛かる。
山口ユースホステル開所40周年のイベント、招待状を送る!

日付を聞けば四月二七日? あれ?? 予定があるんじゃないか。

ここの所、毎年参加している北海道丸瀬布の開園だ!
困ったなあ、既に去年から行くよって返事済み。

山口YHは・・・ 僕は古いホステラーと言う事でスタッフでは無い・・

島根の城福寺に入り浸っていた頃に山口に新しいYHが出来た。
先代がミーティングの時に話すようにって!
まだガイドブックには載っていないので初年度はホステラーは知らない。
そこで近隣のYHで紹介しないと宿泊者が訪れないって事だ。

ホステラーを送り込むのだから行ってみようと出掛けた。
まだ、山陰本線には蒸気機関車が走っていた頃の話だ。

八戸って遠かったなあ?2013年06月13日 08時13分44秒

あの頃は盛岡まで高速が有ったのかなあ・・・・記憶に無いなあ!
行くときはフェリーの時間に遅れて、待てずに野辺地まで走った?
三沢辺りの景色が荒涼としていたって印象がある。

この時に2往復しているハズだが細かな記憶が無い?

フェリーで秋田大学の医学生が面白いゲームに加わりませんかって来た!
説明を聞いていたら大貧民?それなら知ってると答えたらやりましょうよと!
あれは苫小牧行きの船だったから2度目かなあ。
覚えたばかりの学生にYHで仕切っていた僕では相手にはならず。
圧倒的な技を見せつけ、驚いた彼らが途中でなにやら相談し・・
真顔で名人かと聞かれた?奥の深さと理屈を教えて、そんな事もあった。

当時もシーズンオフ、夜行の八戸航路なんか殆どトラック。
自家用など僕一人くらい、時間に行けば一番前に乗せてもらった。
接岸したらそのまま、すっ飛んでいく。
当時は国道だって2車線、前を塞がれたら時間が掛かる。
盛岡までは無人の道だったなあ?


と言う事は!八戸で時間調整したのは一回だけか。

夕方の繁華街でトウモロコシを皮ごと茹でていて驚いたと覚えているが?

今は八戸まで高速で行き着く!
16時までに埠頭へと、逆算すれば朝出れば良いが。
渋滞の時間帯出掛ける事も無い、それなら夜半に出ると朝には着くなあ。

と言う訳で八戸を観光しようと思う?
何処へ行って何を見れば観光になるのかなあ?



探せば昔の写真が有るかもしれないけれど・・面倒なので先日の八戸線

さあ帰ろう2012年08月27日 07時14分05秒

帰るのは面倒だが帰らぬワケには行かぬ。
 一人で帰るのは退屈だ、朝飯の時に京都から来ているお喋りを誘う?
    ホッテおいても相づちだけで話し続けるから楽だ!
京都人のレンタカーを出雲で返しそのまま一緒に帰途に。
昼食はせっかく来たのだからと皆美館で鯛飯にする。
   出汁しの味が少し変わったのかなあ・・・少し濃く安っぽい!
            コストを下げた感じがする。 それとなく指摘した。
                それでも初めての京都人は大層美味しいと喜ぶ。
加賀の潜戸へ寄ってみる。
以前に行った時は風雨で欠航とか時季外れとか縁が無かった。
今日はベタ凪快晴で30人も乗れるという小舟に乗る。
潜戸は整備された船着き場から。
トンネルくぐり徒歩でいける。
なるほど!コウイウ仕掛けになっていたのかと納得。
サイの河原
新潜戸の中
後ろが抜けてきたトンネル
船頭さんが止まってくれて
島根半島を大回りして境港へ抜け米子から高速に乗る。

山口に汽車を見に行っていた友人がお寺に泊まると言って来たので手配しておいたが止めたって連絡がありしかもほぼ同じ時刻に米子にいたらしい?
ちゃんと連絡をくれれば良いモノを!

同乗の友人に茨木のウマイ店を紹介しようと聞けば予約しようかと言う。
そうは言っても茨木で降りれば時間もかかる今日は通過だなあ。
京都人を下ろして新名神・伊勢湾岸を通るも事故で東名へ出られず。
          行きと同じく中央道を爆音を叩きつけて疾走し夜中に帰る。



何時ものお寺の朝と2012年08月24日 06時39分54秒

早めに起きて今朝はカレーだ。
僕らが旅人としてココを訪れていた頃は毎日大勢の若者が泊まっていた。
夕食はすき焼きで朝はカレーだった、だから今でも古い連中が集まれば朝はカレーになる。 これが城福寺・・で・・・・・ウマイ!
遊覧船の定員は12名、予約出来たのは9人分、人選がヤヤコシイ。
皆が行きたがるならじゃんけんとかで簡単なのだが、何故か遠慮する。
皆が遠慮するからナカナカ決まらない 面倒だなあ ハッキリしろよ!

決まれば今度は車、駐車場が解らぬので台数を減らしたいのだが・・
そのまま帰る人もいて決まらない。 時間の制限がある急がねば。
元々が一人旅でココへ行き着いた人達、まとまらぬのは仕方が無いのだ。
港へ着くと駐車場は別に確保されていて問題も無く。
誓約書に自著し救命胴衣を受け取り漁港へ向かう。
遊覧船らしい船は無い?突堤に大型の漁船が泊まっている。
案内人はその船に向かう、 驚いたなあ大きな船だ! なんで12人?
コンパネ細工のタラップを使い船に乗せている・・・
大型漁船の前甲板に12名分の仮設の椅子。
誰も椅子には座らず、案内も舳先は景色が良いという・・
コレだけ大きければ今日の海なら揺れないし何より面白い。
コウイウ船などはお金を払うったって普通、乗れるモノでは無い。
銀山ガイドとか言うおじさんの挨拶と案内で海に出る。
櫛山城・鵜丸城や沖泊を海から見るのははじめてだ。
古龍とだるまさんは遠望し琴ヶ浜沖へ向かう。
僕的には海蝕洞窟やだるまさんと石工の技術を持った古龍の人達の話をキチンと説明する方が面白いと思うのだが。
鞆から琴ヶ浜沖へ定置網を避けて大きく沖へ出る。
以前、仁万の漁師さんに連れてきて貰った時は小さな船で仙峰は少ししか見えなかったがコレだけ沖に出れば山吹山の向こうに大きく見える。
博多の商人神谷寿禎が日本海を北上するおり、沖合より白銀輝く峰を見留、船をこぎ寄せ・・羅漢寺の木村幽玄師の口上の景色だ。
大きな漁船に乗ると言う印象深い演出を楽しんで港へ戻る。
これで帰る人と別れて薬師湯に浸かる。
オーナー夫人は外出中で番台は指示されていたのだろう金を取らぬ?
お祝いの酒と無料券を束でいただき喫茶での飲食までご馳走になる。
昼食をボメ飯として銀蔵へ向かう、団体が入っているので時間がかかる。
待っている間にトンネルをくぐり鞆ヶ浦へ古民家の案内が有り見に行く。
綺麗に整備されて良い雰囲気だなあ! 
昼食は新鮮な刺身付きのボメ飯とする。
食べているとオヤジがカモメを餌づけしている。
食堂の目の前をカモメが飛び交い餌を空中で受ける、オモシロイ!
食後は江戸時代の本因坊?名前は忘れたが・・ 墓を見に行く?
辻さんは墓参りすると碁の実力がUPすると言っていたが・・・
お寺に戻り解散とし、広島経由で帰る辻さんを浜田まで送る。
帰りに氷を食べようと店を探すが・・見つからずに温泉津まで戻る。
レンタカーの冷気が強すぎ体が冷えたのでコーヒーをいただく。
今度はオーナー夫人もいてしばし話す。
夜はバーベキュー、皆が帰ったので人数も減り肉余る。